経営学から、イノベーション都市の条件を考える

入山 章栄 氏 「イノベーションが生まれる都市の条件」 第1回

都市やそこに集う人々のワークスタイルとライフスタイルをリサーチするTOKYO INNOVATION RESEARCH。 初回のインタビューでは、多方面で活躍する経営学者の入山章栄氏に、「イノベーションが生まれる都市の条件」について、グローバルとローカルの双方の視点から語っていただきました。

東京からイノベーションが生まれにくい理由

私は都市の競争力に欠かせないのは、なんと言ってもイノベーションを生み出す力だと考えています。シリコンバレーやベイエリア、ニューヨーク、ロンドン、ベルリン、トロント、バンガロール、深圳や杭州……今注目される都市はどこもイノベーションに満ち溢れています。では、どうすれば都市にイノベーションがもたらされるのか。東京の課題は何か。その経営学的な視座をお話ししたいと思います。

世界の経営学では、イノベーションに必要な新しい知は、「既存知と別の既存知の新しい組み合わせによって生まれる」と主張されています。これは、「イノベーションの父」と呼ばれたジョセフ・シュンペーターが80年以上前から、「新結合(new combination)」という名で提示しており、いまだに世界のイノベーションの基本原理の一つです。

そのために重要なのが、多様性(ダイバーシティ)です。多様性とは、性別や国籍が多様である以上に、価値観や考え方、知見・経験と言った「目に見えないもの」が多様であるということです。異なる知を持った人たちが集まり、コミュニケーションを取ることで、知と知の新しい組み合わせ、すなわち新結合が生まれやすくなるからです。

一方、従来の日本企業は、新卒一括採用で同じような人を採用し、終身雇用に近い環境を取ってきました。これでは社員が固定化、均質化するので、知と知の新しい組み合わせが生まれません。ここ数年、日本企業でもダイバーシティ施策が始まっています。一般にダイバーシティは社会的な意義や労働力確保の文脈で議論されますが、そもそもイノベーションを起こすために重要なのです。

ダイバーシティによってイノベーションをつくり出す、それをまさに体現しているのがアメリカ西海岸のシリコンバレーでしょう。世界中から多様な人たちが集まることによって、知と知の新たな組み合わせが生まれ、イノベーションにつながっているのです。シリコンバレーで過去20年に起業された企業の約半数には、創業チームに移民がいるそうです。他に、ロンドンも、トロントも、ベルリンも、多様な人が集まっているから、新しいことが起きるのです。

例えば、トロント大学のリチャード・フロリダ教授が2002年に発表した研究では、人口におけるLGBTの比率が多い都市ほど、クリエイティブな都市との相関が高いことが明らかになりました。LGBTが多いということは、その都市がオープンであるということです。LGBTなどの社会的マイノリティを受け容れるオープンな地域ほど、多様な人が集まりやすく、結果、イノベーションも起こりやすいということを表しています。

世界は「フラット」ではなく「スパイキー」

加えて、都市にイノベーションを起こす上で、決定的に重要なのが、「集積の力」です。

私はよく、次のような質問を受けることがあります。「インターネットがこれだけ普及した世の中では、世界中どこでも情報が取れるので、シリコンバレーに人が集中するという求心力はなくなるのではないか?」。そのたびに私は、「絶対にそれはない」と答えてきました。実際、シリコンバレーには今も人がどんどん集まっていて、最近ならソフトバンクの孫正義さんや楽天の三木谷浩史さんも住むようになり、地価もさらに高騰しています。

「インターネットが普及すると、世界中に情報が拡散するため、我々は世界のどこででも同じように情報が得られるようになり、都市の優位性はなくなるのではないか」という議論は以前からありました。その代表が、2005年に刊行されてベストセラーになったジャーナリスト、トーマス・フリードマンの『フラット化する世界』(日本経済新聞社)です。

それに対して、先のリチャード・フロリダ教授は、「世界中の経済活動、特に知的活動や起業活動などは、特定の都市など狭い地域への集中が進んでいる。
すなわち世界はむしろ『スパイキー化』(ギザギザしている、という意味)しつつある」と主張しています。

私もこの意見に賛成ですし、多くの経営学者や経済地理学者も賛成なのではないでしょうか。そして、私はさらにこの傾向が加速すると思っています。なぜなら、インターネットで確かに情報は普及するのですが、逆に言えば、そのような情報は誰でも手に入れられるので、「価値がなくなる」からです。

重要になるのは、フェイス・トゥ・フェイスで会った時にしか伝わらない空気感や言語化できない暗黙知であったり、インフォーマルな「決してネットでは出てこない情報」なのです。例えば、何度か会って一緒にご飯を食べているうちに、「実は、ここだけの話だけど……」などと言って切り出されるような情報です。逆説的ですが、ネットが普及した結果、ネット上の情報に価値がないので、むしろそうした生のインフォーマルな情報を求めて、人々はますます都市に集まるのです。

多様な人とのリアルな繋がりがイノベーションを生む

シリコンバレーでは、知らない人同士が偶然知り合い、人脈をどんどん広げていける環境があります。私の高校の同級生で、WiL(ウィル)というベンチャーキャピタル(VC)の代表である伊佐山元氏は、元々はシリコンバレーのDCMというVCの代表で、シリコンバレーに豊富な人脈を持っています。彼から話を聞いたことですが、彼は仕事で悩んだ時にどうするかというと、ベンチャーキャピタルが集まるサンドヒルロード近くのスターバックス・コーヒーに行くのだそうです。そこへ行くと、彼の知り合いや友人の名だたる起業家、投資家がいて、その知り合いを捕まえて悩みを相談すると、悩んでいたことは5分で解決するそうです。つまり、そういう狭い地域でのインフォーマルな直接コミュニケーションで、実は勝負は決まってしまうわけです。このように、「あそこに行けば、最先端の人たちに会える」、そんな場所をつくることが、とても重要なのです。

このようにイノベーションを生み出すためには、「多様な人とのリアルな繋がり」が圧倒的に重要です。 そのため、「多様な人が集まる場所には、それを魅力に感じてさらにいろいろな人が集まり、したがってさらに多様性が増す」という循環が起こります。ですから、シリコンバレーは現在も高い求心力を持っているのです。

シリコンバレーはなぜイノベーションのメッカになれたのか?

では、なぜシリコンバレーという土地が選ばれて、現在のように起業家が集まるエリアになったのか、その原点のきっかけに法則はあるのでしょうか。実は、経営学にも、おそらく経済学にも、未だその答えはありません。その発端は、“たまたま”というしかないのです。シリコンバレーはもともと軍事拠点があり、その後にスタンフォード大学ができて、やがてヒューレットパッカードが生まれ、徐々に発展してきました。ただしポイントは、先ほど述べたメカニズムにより、一度「多様性」と「集積力」をドライビングフォースにして人が集まりだすと、そこに雪だるま式に多様な人がどんどん集まりだす、ということです。

シリコンバレーのような街づくりを、政府がある程度人工的に進めているのが中国の都市です。中国は政府の力が強いため、リソースを次々に投入して都市を人工的に造ることができるからです。とはいえ、蘇州や深圳などは比較的うまくいっていますが、実は中国の都市づくりは失敗も多い。それだけ、ゼロから都市をつくるのは難しいということなのでしょう。

入山 章栄 氏 早稲田大学ビジネススクール准教授 1996年慶應義塾大学経済学部卒業。98年同大学大学院経済学研究科修士課程修了。 三菱総合研究所を経て、米ピッツバーグ大学経営大学院博士課程に進学。2008年に同大学院より博士号を取得。 同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールのアシスタント・プロフェッサーに就任。2013年から現職。

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