知的生産の本質とは

石川 善樹 氏 「知的生産の新しいカタチ」を考える 第1回

「人がより良く生きるとは何か」をテーマに、企業や大学などと連携して多彩な研究活動を展開している、予防医学研究者の石川善樹氏。知的生産の本質とは何か、また、それに基づいた街づくりやオフィスのあり方などについて、幅広く語っていただきました。

知的生産は人と人とのネットワークから生まれる

昨今、知的生産性を高める方法に注目が集まっています。知的生産の本質とは、何でしょうか。

知的生産を抽象化すると、インプット/プロセス/アウトプットに分けることができます。インプットは「情報」、プロセスは「考えること」、そしてアウトプットは「価値」です。インプットする情報は、人から得られる情報が最も価値が高いと言えます。

今、知的生産性の高い都市として、最も注目されているのはシリコンバレーです。とはいえ、仮にシリコンバレーで要職に就いている優秀な人材を引き抜いて中国に連れてきても、シリコンバレーのような都市をつくることはできないでしょう。これはトレーダーの世界も同様で、優秀なトレーダーをA社からB社に引き抜いても、期待通りの成果を上げることはなかなかできません。プロ経営者でも、どこの企業に行っても成功できるわけではありません。なぜなら、知的生産は、一個人ではなく、人と人とのネットワークによって生み出されるからです。社内や地域などから得られる「情報」をもとに、その人なりに「考え」て「価値」を生み出しているのです。

スーパーコネクターの存在

日本において、人と人とのネットワークが知的生産性の向上につながった例として、まだ「早川電機工業」という社名だった頃のシャープが挙げられます。当時はまだ一流企業ではなかったため、入社してくるのは地方大学の学生たちでした。その企業がなぜ、電卓などの素晴らしい製品を生み出せたかというと、当時の早川電機には伝説の人物がいたのです。その人は、アメリカの研究者たちと強いコネクションを持ち、若手社員から何か問題が挙げられると、現地の研究室や企業にその社員を送り込み、技術を学ばせました。アメリカ側も懐が深く、惜しみなく技術を披露しました。一人の“スーパーコネクター”が、人と人をどんどんつなげることによって、面白い製品を生み出していったわけです。

知的生産において、プロセス=考える力自体は人によってそれほど変わりません。どちらかというと、インプット=情報力で差が付くことが多いのです。然るべきネットワークに入りさえすれば、情報はどんどん入ってくるので、あとはそれをきちんと処理すれば価値につながるということが、シャープの例からわかります。

20世紀における知的生産のランドマーク、ベル研究所

知的生産の本質を考える上で、ランドマークになるのがアメリカのベル研究所です。1920年代にベル・システムの研究開発部門として設立され、後にノーベル賞を受賞するような優秀な研究者が多数集まり、トランジスタ、情報理論、通信衛星、移動体通信網など、現在の情報化社会の基礎となる数多くの技術を生み出しました。研究所の施設も、人と人との交流を最も意識してつくられており、研究員の研究室とオフィスを離れた場所に配置したり、廊下を長くしたりして、誰かと会わざるを得ないような工夫がされていました。

ちなみに、研究所をつくる時、最初に決めるのが、休憩時間をどこで過ごすかです。研究所には、だいたいティータイムがあります。これは強制参加で、そこでみんなで雑談をします。雑談で話すのは、自分が本当にやりたいことや、まだ明確ではない、ふわっとしたアイデアなどです。研究者にとっては、雑談の時にしている話が、自分が一番やりたいことだったりします。その雑談をアイデアにすればいい、というのが研究者の基本的な考え方なのです。そのため、ティータイムを決めたり、動線を面倒くさくすることで、あえて人と出会うようにしたりして、雑談が生まれるような工夫をするのです。

人は「面白い問い」に引きつけられる

ベル研究所に優秀な研究者が集まったのはなぜでしょうか。親会社のベル・システムはアメリカにおける通信事業の独占を許されていたため、豊富な資金を研究に注ぎ込めたという面はありますが、それだけではありません。それは、「情報とは何か」といった面白い「問い」が設定されていたからです。人は、問いに引きつけられます。面白い問いがあり、それに引かれた人たちが集まってきました。その問いを解くことで、その先にある「情報化社会」というビジョンが見えてきたのです。

新しい学問は、大抵、それまであまり深く考えたことのなかった何かしらの概念を、具体的に定義しようとしてできます。時代が進むにつれて、新しく出てくる概念があります。その正体を探ろうとして新しい学問が生まれ、学問が生まれると、そこから産業につながるテクノロジーがたくさん生まれてくるのです。それを、まさに「情報」でやったのがベル研究所でした。「情報とは何か」という問いから情報理論という学問が生まれ、そこからさらに情報通信に関する技術が生まれ、それが今の情報産業の隆盛へとつながっています。

20世紀に生まれた学問の1つに、人工知能があります。この場合の問いは「思考とは何か」です。これがうまく定義できれば、機械でも同じようなことができるようになるはずだ、という確信から、最初のコンピュータができて10年もたたない1950年代に学問として立ち上がりました。それから60年がたち、ディープラーニングとして産業利用が始まっています。

このように、1つの場所に優秀な人材を結集させるには、「○○とは何か」を見つけることが重要です。それさえ見つけることができれば、その○○を明らかにしようと研究が進み、その中でいろいろな技術が生まれて次の産業につながります。ただし、このスパンは最低でも50〜60年はかかります。21世紀・22世紀の人類を考える上で、何が一番のテーマになるのか。その何かが見つかると、学問が立ち上がり、産業が立ち上がるという、面白いサイクルができるのではないでしょうか。

石川 善樹 氏 予防医学研究者 東京大学医学部健康科学科卒業、ハーバード大学公衆衛生大学院修了後、自治医科大学で博士(医学)取得。専門は予防医学、行動科学、機械創造学など。著書に『仕事はうかつに始めるな』『疲れない脳をつくる生活習慣』(いずれもプレジデント社)『最後のダイエット』(マガジンハウス)など。

Recommended PICK UP