リモートワーク時代の職場コミュニケーションのあり方

中原 淳 氏 多様性を生産性向上に結びつけるための「場」づくり 第2回

多様性の実現に不可欠なものとは

多様性(ダイバーシティ)の推進は、企業にとって大きなテーマになっています。多様性はイノベーションなど、組織に良いことばかりをもたらすように言われますが、そうとは限りません。多様性があるということは、バラバラな価値観を持った人たちが集まるわけですから、組織には必ず「遠心力」が働きます。多様な働き方を実現するためにリモートワークを導入することも、働く場所が分散するため、遠心力につながります。

遠心力だけでは、組織はバラバラになってしまいます。ですから、多様性を活かす人事施策を打つのであれば、同時に「求心力」も強めていく必要があります。その求心力こそが、現場のマネジャー力です。部下を率いたことのある人ならわかると思いますが、多様性のある職場というのは、やりにくいものです。画一的な方がマネジメントしやすいに決まっています。だからこそ、現場のマネジャー力強化が必要なのです。これからの時代、求心力と遠心力の2つが両立するように人事をマネジメントすることが、企業の課題と言えるでしょう。

強化すべき現場マネジャー力は、2つの要素に分解できます。1つは、ビジョンやゴールを提示する力。もう1つは、メンテナンス力、つまり人間関係の調整や、人を巻き込み、その気にさせる力です。
山登りにたとえると、登る山が富士山なのか高尾山なのかを提示するのがビジョンでありゴールセッティングです。ビジョンとは、簡単に言えば「見える」ことですから、その山に登っている様子を、メンバーひとりひとりが「頭のなか」で思い浮かべることができれば、ビジョンが伝わったことになります。それに対して、メンテナンスとは、山登りをしている時に、「頑張ろう」などと声をかけて励ましたりすることです。この2つの力がないと、多様性の実現は難しいでしょう。

例えば、近年、革新的な人事制度改革を行っているヤフーでは、リモートワークを許可して、フルタイムで働くことができない人たちも働ける環境をつくろうとしています。それと同時に、マネジャーと部下が週に一度、1対1で30分間面談を行う「1on1ミーティング」を行っているそうです。このように、多様な働き方とマネジャー力の強化はセットで行うべきものなのです。同社の言う「働き方改革」とは、こうした多様性への対応のことだと思います。

多様性の実現は、現場のマネジャーに負担をかけるため、マネジャーの仕事の魅力を高めることも重要になります。1つは、待遇を上げていくこと。そしてもう1つは、プレイングマネジャーの仕事のやり方をみなおすことです。
1990年代以降、多くの企業でプレイングマネジャー化が進みましたが、最近では、もう一度マネジャーに戻そうという動きが出てきています。マネジメントの仕事は、ただでさえ大変なのに、数字を持たせることがそもそも無理だったのではないか、という議論が起きているのです。
また、これまで新人に投資してきた研修予算の一部を、マネジャーへの投資に回そうという動きもあります。現場のマネジャー力を高めなければ、競争に勝てないという認識は、企業の間に広まりつつあります。

直接会った時に何をすべきか

リモートワークが可能になると、職場で会うことの意味がこれまで以上に重要になってくると思います。「リモートワークになると部下を観察できなくなる」というマネジャーがよくいますが、そもそも、オフィスで一緒に働いていても、それほど観察していないのではないでしょうか。そういう点では、リモートワークになってもさほど問題ないと思います。しかし、部下の仕事の方向性がずれてしまったりして、フィードバックをしなければいけないような時は、やはり本人と直接会って話をする必要があります。

リモートワークは、マネジャーにとってもメリットがあるはずです。ミンツバーグというカナダの経営学者の研究に、マネジャーの仕事は「断片化」しやすいという研究知見があります。ひとつの仕事にとりかかったら、別のところから声がかかる。職場でのマネジャーの仕事はフラグメンティッド(断片)化しています。しかし、リモートワークが普及すれば、マネジャーも集中できる時間を持てるようになります。

僕自身、研究員の論文指導をオンラインでせざるを得なくなり、スカイプなどで行っています。その結果、今まで1時間かかっていたところを40分前後でできるようになり、今までいかに無駄が多かったかがわかります。ただ一方、「この論文を書いた後は、何をやるんだっけ?」「次のビジョン、どうするの?」といった、突っ込んで話し合うべき内容については、オンラインでは話しにくいものです。

マネジャーと部下が直接会ってやるべきことは、フィードバックです。フィードバックとは、耳の痛いことをしっかりと伝えて、その人の働き方やキャリアを立て直すことです。そのような対話は、厳しいものになればなるほど、リモートでやるのは厳しいと思います。また、ビジョンやゴールなど、情熱を持って、かみ砕いて伝えなければいけないようなことを伝える時も、直接会って話すべきでしょう。目標の咀嚼や共有は、マネジメント力の中でも最も難しいと言われます。

マネジャーが「これを目指すんだ」と言った時の熱意や、話した時に部下がどういう反応を示すか。その時の雰囲気や空気感など、同じ場所にいないと伝わりにくいものは、やはり会って話すべきでしょう。部下と直接会う時間をいかに有効に使えるかが、今後のマネジメント力のカギになるのではないでしょうか。

僕も研究室にいる時は、オンラインでは話せないフィードバックなどに当てるようにしていて、以前よりも会話がすごく生々しくなっている気がします。また、ブレーンストーミングもオンラインでやると、会話がかぶりやすく、興ざめしてしまいます。ブレストはやはり、お菓子を囲んで、ゆるゆると話しながらやるのが、最も効率的であるように感じます。

アメリカと日本では事情が異なる

日本ではリモートワークの導入が進んでいますが、その一方で、アメリカの企業ではリモートワークを廃止する動きもあるようです。しかし、このことに関しては、アメリカと日本では事情が異なると思っています。
アメリカ企業の場合、もともとオフィスの中でも仕事が「個業」化していて、かつ、専門職で仕事も明確に区切られています。もともと、カプセルにこもって仕事しているようなものですから、「今さらリモートワークをやる意味があるの?」と思います。むしろ、彼らに必要なのは、みんなで会って、しっかりと目標を一致させるための会話ではないかと思います。

一方、日本の場合は事情が全く異なります。東京都内に勤務する人の通勤時間は、平均で片道58分という調査結果があります(2014年アットホーム調べ)。それだけの時間をかけて出勤すれば、オフィスに着いた頃には疲れてしまいます。そして、仕事はフラグメント化し、長時間働いて、帰る頃には“午前様”です。こうした状況を鑑みれば、日本はもっとリモートワークを推進すべきでしょう。週に1〜2回行っても、何の問題もないと思います。

そもそもこの問題は、リモートワークか、それともオフィスワークか、という二分法で考えるべきものではないでしょう。両者の間はグラデーションになっていて、週1回のリモートワークがちょうどよい職場もあれば、週4回でもいいという職場もあるかもしれません。また、一口にリモートワークといっても、働く場所は自宅、コワーキングスペース、サテライトオフィス、カフェなど、さまざまなパターンがあります。リモートワークの形態と生産性の関係は、もっと詳細に分析される必要があるでしょう。
さらに、この先、デジタルネイティブ世代が中心になれば、オンラインとオフラインという境界自体、なくなっていくのかもしれません。目標さえ達成できれば、働く場所はどこでもよいのではないでしょうか。

中原 淳 氏 東京大学 大学総合教育研究センター 准教授 東京大学大学院 学際情報学府。東京大学教育学部卒業、大阪大学大学院人間科学研究科、メディア教育開発センター(現・放送大学)、米国・マサチューセッツ工科大学客員研究員等を経て、2006年より現職。専門は人的資源開発論・経営学習論。

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