『タイムアウト』はどんな情報を発信しているか
- TOKYO INNOVATION RESEARCH
伏谷 博之 氏 丸の内を外国人にも魅力ある街にするには 第1回
『タイムアウト』はいかにして生まれたか
『タイムアウト』は1968年にロンドンで創刊された雑誌です。当時は日本もそうでしたが、学生運動が盛んで、文化面でもビートルズが『ホワイトアルバム』を発表するなど、親の世代がつくった既存の価値観を壊して、自分たちの新しい社会をつくろうとする若者たちが多かった時代です。そのため、60年代後半は、音楽やアート、食など、さまざまなイノベーションが起こりました。それに加えて、学生運動をやっているから、横のつながりで情報を共有したいという需要もありました。
そんな中で、創業者のトニー・エリオットが仲間を集めて、叔母さんから70ポンドを借りて、台所でわら半紙に刷って作ったのが『タイムアウト』創刊号でした。『タイムアウト』は、自分たちの世代がいろいろなところでつくった新しいムーブメントを共有しようという、ある種のコミュニティペーパーだったんです。それが、少しずつシティガイドへと発展していきます。なぜなら、地元の若者たちが「ここは面白いよ」と思う情報をまとめて紹介しているので、一番旬な情報が載っているわけです。
『タイムアウト』は旅行者にも重宝されます。現在は一般のトラベルガイドもデジタル化して、更新が早くなっていますが、かつては、更新は早くてもせいぜい年に一度、遅いと2年に一度くらいの頻度でした。だから、例えばロンドンに出張で出かけた時に、トラベルガイドは持っているけど、情報は更新されていない。それなら、空港の売店で『タイムアウト』を買って、自分が滞在している間にどんなイベントをやっているかな、どこのレストランが今流行っているかな、といったことをチェックできます。そういうシティガイドがあれば、その街でいろいろなことが体験できるから、「うちの街でも作りたい」ということで、世界に広がっていき、現在は108都市・39カ国・13言語で展開されています。
生活者の情報が観光資源になる
『タイムアウト』がやってきたのは、観光地だけではなく、出勤の往き帰りにあなたが立ち寄るカフェや居酒屋も観光資源になり得る、ということ。それを東京でもやっています。『タイムアウト』のキャッチフレーズは「KNOW MORE, DO MORE」。もっと情報を知って、知識を得て、アクションしようということです。体験することをモットーにしていることは、昨今のモノ消費からコト消費への流れを先取りしていたと言えるかもしれません。
地元の目利きである「ローカルエキスパート」が、旬の情報を選んで紹介する。このやり方は東京でも変わりませんが、そこに僕らが一つプラスしたのが、「外国人の目線で見たら、どうなんだろう」という視点です。『タイムアウト』は、もともと各地域のローカルエキスパートがローカル言語で発信するメディアです。だから、日本では日本語メインで展開するのが本来の姿です。でも、日本で日本語のシティガイドが必要かというと、『東京ウォーカー』『ハナコ』『オズマガジン』など、既に多くの雑誌が存在していてマーケットは成熟しているから、そこに後から参入しても面白みがない。そこで考えたのが、訪日外国人がお金を使うマーケットにどうすれば貢献できるか、ということでした。外国人は『タイムアウト』をよく知っていますから、『タイムアウト』のマナーで、外国人エディターの目線で情報を取り上げて、英語で発信することにしました。
「ここでしかできないこと」を紹介する
『タイムアウト』は1968年から半世紀にわたって続いているので、その長い歴史の中で当たった企画・当たらなかった企画が精査されて、定番化した企画があります。また、世界108都市で展開されているので、グローバルで受ける企画・受けない企画のノウハウも蓄積されています。そのため、世界のどの都市でも受ける“鉄板”の企画があるんです。その企画を僕らが、独自のやり方でアレンジしています。
2012年に『渋谷でしかできない101のこと』という英語版のガイドマップを初めて作りました。タイムアウト東京は、2009年にインバウンドの時代が来ると思って立ち上げたものの、当時はリーマンショックなど経済全体が落ち込んでしまう出来事が重なったため資金集めに苦労していました。そんな中で、タイムアウト東京はデジタルファースト戦略で、マガジンを出さずにWebでやろうとしました。でも、『タイムアウト』はマガジンブランドとして認知されているから、Webで『タイムアウト』といっても、ユーザーにはなかなかピンとこない。これはマガジンを出さないといけないと思ったけど、お金がかかるじゃないですか。そこで、安く抑えるために、地図の裏側に各スポットの情報をまとめたコンパクトなガイドマップを作ったんです。ロンドンの『タイムアウト』が作っていたのは、『1000 things to do in London』という分厚いガイドブックでした。そのコンテンツのスタイルだけを利用しました。
このスタイルの面白いところは、コピーが全部「To Do」スタイルになっているところです。普通のガイドブックには、場所や店の名前が大きく載っていたりしますが、外国人が初めてその街を訪れた時に、場所や店の名前だけ見ても、なんだかわからないじゃないですか。それに対して、「To Do」スタイルのガイドは、まず、そこでしかできないことを書くんです。例えば日本橋川クルーズなら、「Slip under the bridge」という見出しをつける。そして、具体的にどんな体験ができるのか、短いレビューで紹介して、場所は裏のマップを見ればわかるようになっているんですね。このガイドマップは好評で、リスボンやソウルの『タイムアウト』でも同じスタイルのガイドマップが作られたようです。