“HARAJUKU CULTURE”はどのように生まれたのか
- TOKYO INNOVATION RESEARCH
中川 悠介 氏 街を基点としたカルチャーの創り方 第2回
「原宿」は地名ではなくカルチャーの一ジャンル
原宿にはもともとエッジがあり、ずっと日本のファッションの中心であって、これまでも“裏原”など、その時代に合ったカルチャーが生まれています。そういう意味では、僕らがつくってきた“HARAJUKU CULTURE”は、もともと原宿に根づいてきた文化からの派生とも言えます。
僕らは原宿を地名ではなく、一つのジャンルのカルチャーとして捉えています。実際、「原宿」という駅はありますが住所はありませんし。「ニューヨークカルチャー」や「ハワイカルチャー」などと同じで、その場所を離れても成立するものだと思います。もともと「原宿だからやりたい」というよりは、僕らのつくり出したものを広げるための手段として、原宿というカルチャーを使ったという理由の方が強いんです。例えば、きゃりーぱみゅぱみゅを初めて世の中に発信する時に、「原宿で人気があります」という表現がないとなかなか世の中に伝わりませんから、そのイメージをつくっていったわけです。
僕自身は、“HARAJUKU CULTURE”を「好き」というよりも「わかる」という立場です。ずっとイベントをやってきて、プロデューサー、キュレーターの立場で、タイプの異なる才能を持った人たちを掛け合わせて何かをつくり出すことを仕事にしてきました。そういう立場だからこそ、物事を冷静に見ることができるし、新しいものを生み出すことができるのだと思います。
カルチャーをつくる上で大切なこと
カルチャーをつくる時は、自分たちがそこの“住人”でなければいけないと思います。僕はもともと原宿の“住人”だったし、そこにはきゃりーみたいなポップの要素もあった。だから、それを広げているだけなんです。「ブーム」というのは大きくしていって刈り取って終わるものだと思うんですが、カルチャーをつくるには、そこの“住人”で居続けることが大事だと思っています。
きゃりーのような存在は、そのカルチャーの中にいれば、自然と見つかるものです。常盤橋のように新たな街をつくる再開発プロジェクトは、原宿のような場所とはもちろん違いますが、僕のようにポップカルチャーが得意な人間や、アートが得意な人を入れたりすれば、自然と人が集まってコラボし始めて、新たなカルチャーが勝手に広がっていくのではないかと思います。そういう場が、プラットフォームの本来の意味ではないでしょうか。ビルや街も、一つのプラットフォームと言えます。
カルチャーのつくり方に決まったやり方はありません。教科書通りにやってうまくいくなら、みんな成功しているはずですよね。僕らは、何をやるにしてもゴールは決めないようにしているんです。カルチャーは“生き物”なので、伸びしろを残しておくことはとても大切だと思っています。そのさじ加減は難しいですが、それがないと、タレントも商品もうまくいかないでしょう。
一つだけ大事にしていることは、そこにウソがないことです。例えば、常盤橋を“KAWAII”場所にするからといって、みんなが“KAWAII”格好をしてきたら、それはウソですよね。そのカルチャーが本当に好きで共感できる人たちがいなければ、カルチャーは生まれないと思います。
学生の頃は、原宿で、イベントに来てほしいと思う人に向けて、ひたすらイベントのビラを配っていました。それが僕たちの原点です。現在はその延長で、僕たちが見てもらいたいと思う人たちが見るようなSNSやメディアに情報を発信しています。発信する対象を広げて、あまり興味のない人に来てもらっても、楽しい空間にはなりませんから。
固有の場所を離れ、成長し続ける“HARAJUKU CULTURE”
カルチャーは成長し続けるものだと思っています。“HARAJUKU CULTURE”も、外国人からすれば、原宿に「白い恋人」も宮崎マンゴーも、沖縄の紅芋タルトも売っていてほしいんですよね。そんな感覚で、これからもどんどん成長していくと思います。そもそも、東京や原宿で頑張っている人の9割は地方出身者です。ということは、“HARAJUKU CULTURE”は原宿という場所に限定されたものではない。僕自身は東京生まれ東京育ちで、東京への憧れが全くありません。その冷静な視点から見ると、“HARAJUKU CULTURE”はどこででも通用すると思っているので、全国に広げたいし、世界にももっと広げていきたいと思っています。
政府の「クールジャパン戦略推進会議」に参加して思ったんですが、多分、40歳以上の人は、音楽だったらロサンゼルスやロンドンでレコーディングしたり、ファッションならパリやニューヨークだったりと、海外に対する憧れを持っています。でも、僕らの世代は海外に対する憧れがあまりなく、フラットなんです。だから、“HARAJUKU CULTURE”を加工せずにそのまま海外でも発信することができるし、また海外のカルチャーと自由にコラボすることもできます。
世界に受ける「日本らしさ」とは何か
日本のカルチャーを世界に発信していく上では、日本的なものをあまり意識しすぎず、今やっていることをそのまま出していくことが重要だと思っています。きゃりーが世界でブレイクした時もそうで、増田セバスチャン(アソビシステム所属のアートディレクター)の色彩感覚をプロモーションビデオに入れたら盛り上がるんじゃないかなと思ってやりましたけど、それはワザとではなく、組み合わせた結果なんです。海外やインバウンドを意識しすぎると失敗します。見せ方のちょうど良い塩梅が必ずあるはずで、それを常に探しています。
僕らが意識しているのは「日本らしさ」よりもクリエイティビティであり、自分たちにしかできない良いものをつくることを大事にしています。僕たちの中には、日本的素養が必ずあるはずなので、意識しなくても、自然とそれがにじみ出るはずなんです。例えば、増田セバスチャンがつくり出すものは、原宿の観光案内所「MOSHI MOSHI BOX」に設置されている世界時計もそうですが、海外のスーパーで買ったおもちゃとかを組み合わせたりしているんです。それなのに、不思議と日本っぽく見える。日本らしさというのは、初めからそれを狙って表現するものではなく、結果としてそう見えるだけなのかもしれません。